家紋「立葵」の話

最近空前の「歴史ブーム」だそうですね。

私も工場見学でお客様を案内する際、頻繁に聞かれるのが

「葵製茶さんの葵って、徳川家となにか関係があるの?」という質問。

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立葵の家紋

皆様お察しのとおり「葵製茶」の【葵】は徳川家から来ています。

葵製茶の社長の姓は「本田」で、本田一族が代々社長に就任してきたのですが

この「本田」は徳川家康に仕えた「本多忠勝」の流れを汲むと言われています。

本多忠勝と言えば、徳川四天王とも言われたほど勇猛な武将だったようで、

織田信長からも「花実兼備の勇士」とたたえられたほどだったそうです。

そして彼は武勇だけでなく風雅を愛する心もあったとか。

あまり知られていないエピソードですが、合戦の折家康と本多忠勝他の家臣が戦場で食事を取ったとき

本多忠勝が「いくさとはいえ皿も何も無いのはよろしくない」といって、生えていた立葵の葉を敷いてお皿代わりとしたそうです。

それを見た家康がたいそう喜び「この立葵をおのが家紋とせよ」と本多忠勝に命じて「立葵」が本多家の家紋となったとか。

更に、本多忠勝が作った「立葵」の家紋をみた家康が、それを真似て作ったのが「三つ葉葵」の家紋だというエピソードも残っているそうです。そういう意味では「立葵」は「三つ葉葵」の家紋のルーツなのかも知れません。

このように武を尊び、風雅を愛した本多忠勝の流れを汲む葵製茶。

本田家の男性に代々「忠」の字が用いられるのもその証ですが、会社を設立する際に屋号を「葵製茶」としたのも、この戦場での立葵のエピソードのように「おもてなしする気持ち」を常に忘れないようにという意味が込められています。

この「立葵」のエピソードに恥じないよう、葵製茶スタッフ一同心を尽くしてまいります。